君にやっと辿りついた

あまつ空なる人を恋ふとて

私の合格体験記

 

「ま、大学に行くって選択ー、まぁね、有名大学に行くっていうこともなかなか大変なことだけれどもー、それだけ努力をした分の価値は絶対あると思うから、大学だったり専門学校だったりまあ仕事についたりって色々選択肢ってたぶん高校の3年生ってすごいいっぱいあるけれども、なん、なんだろうな、どう、どれ、何を自分がしたいかって1番大事だと思うからー有名大学に行くことがすべての価値ではないと思うから、まあその自分の夢であったりやりたいことの最短ルートというか、そういうものを目指して頑張ってほしいなと、思います。」

(2015/6/20 らじらーサタデー)

 

私が送ったメールに対する伊野尾くんのコメントである。

「有名大学に行くことに価値を置く母と意見が食い違うことがあるが、話し合って納得のいく進路に進みたい」というような内容の投稿をした。まさか読まれると思っていなかったため、住所どころか都道府県名すら入れていなかった。ステッカーほしかったな。

 

私はたとえTwitterをころころしながらだったとしても「頑張ってほしい」と言ってくれた伊野尾くんに胸を張れるような進路に進めたのだろうか。納得のいく進路に進めたのだろうか。

 

私は高3になり、ようやく学びたい分野が決まった。高2から第一志望としていたA大学には私の学びたい分野に特化した先生がいないことが分かった。そこで、私が学びたい分野を学べる地元のB大学を目標とすることにした。

併願校も考えなければならない。併願校は高2の時にオープンキャンパスに行ったC大学に決めた。しかし、大学受験で併願校1校というのは心もとない。併願校選びを始めるのだが、ここで事件は起きる。

これまで母と相談しながら受験校を決めていたため、併願校も「この学校にしようかな。こっちはどう?」と母に聞いた。するとあれこれ理由をつけて否定された。その理由のほとんどが私が納得できるようなものではなかった。あまり名の知れていない学校であるほどそれは顕著だった。最後に母はこう言った。「逃げてんの?」

 

私は「自分が学びたい分野が学べる学校」という基準で選んでいたつもりだ。悔しかったし、悲しかった。母は「A大学をやめる」と言った頃から私の進路に少し否定的だった。母は「名のある大学に行くことが1番」だと思っている人なんだと思った。

 

その数日後のらじらーでタイムリーな話題が出た。進路について特に喧嘩などをしたわけでもないため、少し話を盛った感は否めないが先述の投稿をした。

「らじらーで読まれたあああああああああああ!!!!!!!!!!!」と大騒ぎをしたので少々話を盛った投稿は母にもばれてしまい、「私はそんなこと思ってない!これじゃすごい厳しい親みたいじゃん!」と文句を言われた。が、私にはそんなこと思っているようにしか思えなかった。

 

らじらーで大好きな伊野尾くんにコメントをもらい、さぞ勉強を頑張ったんだろうと思うかもしれないが、私は違った。

受験に対するモチベーションがものすごく低かった。

B大学を志望校にしたものの、どうしてもその学校に行きたいというわけでもなかった。家から通えて経済的だし親も喜ぶ。これが1番の理由だった。模試でもB大学はずっとB判定だっため、落ちるなんてことは考えもしなかった。C大学もセンター利用がB判定だったため大丈夫だろうと高をくくっていた。このままやってれば大丈夫。「B大学とC大学は受かるでしょ」そう思っていた。私も親も学校の先生も塾の先生も。

 

私は努力を怠った。

 

センター試験終了後の自己採点。英語で自己最低点を取った。昨日やった予想問題より50点低かった。血の気が引くとはこのことだなと思った。めったに痛くなることのない胃が痛んだ。

こんな結果ではB大学もC大学のセンター利用も確実に落ちる。でも一般試験の対策なんて全くしてこなかった私が一般で受かるわけがない。そうだ、D大学は?あそこならA判定出たことあるし受かるのでは?この時、私も母も気が動転しており、正常な判断ができなかった。学校へ行っては泣き、塾へ行っては泣き。あー思い出しても胃が痛い。先生方のアドバイスを基にC大学の一般と薦められたE大学の一般、そしてD大学の一般を受けることに決めた。ダメもとでB大学にも出願した。

受けると決めてから2週間弱でC大学とE大学の入試本番となった。

E大学は不合格。C大学は補欠だった。調べてみるとC大学は補欠者がほぼ全員繰り上げ合格した年もあったらしい。そんなの見たら期待してしまうよ。ちなみにセンター利用は言うまでもなく落ちた。

D大学の入試は3月。C、E大学の入試の後は必死でB大学の対策をした。やれるだけのことはやった。センターにはもちろん悔いが残るが、前期試験に悔いはない。が、終わった瞬間「落ちた」と思った。手応えなんてまったく感じなかった。

D大学の入試は卒業式の後だった。B大学入試でやりきった感を感じてしまっている上に卒業式で気が抜けた私は1年分の過去問しか解かずにD大学に挑んだ。D大学入試の前日はB大学の合格発表だったのだが当然の如く私の受験番号はなかった。

ぞくぞくと合格を手にする友人を傍目に入試を受けるのは辛かった。

 

3月半ば。C大学の補欠合格発表最終日。無情にも今年の補欠合格者は0との発表があった。翌日、不合格通知が届いた。もう知ってるから改めてこんなものいらねえよ。

C大学の補欠合格発表日は4回あった。しかも補欠者が私の受けた学科だけで70人ほどいた。しかしほかの大学は2,3回らしい。4回もあったら、70人もいたら、期待してしまう。どうか、受験生の気持ちを弄ばないでほしい。

 

もう浪人しよう。私も周りもそんな気持ちだった。浪人していいとこ行こう。それこそ有名大学に。そんな気持ちになりかけていた頃、D大学の合格通知が届いた。

ほぼ浪人する気でいた私と母は「合格したよ…」「あぁ…よかったね…どうするの。行くの?」「行くよ…受かったし…」くらいのテンションだったのだが父と祖母に連絡すると泣いて喜んでくれた。塾の先生も喜んでくれた。なんだかテンションの差についていけなかった。

 

そんなこんなで合格から10日で引っ越し、引っ越しから2日で入学式。そして今に至る。人の人生ってわからないなーとしみじみ思う。

 

入学式から1週間ほどたった今でも本当にこれで良かったのか悩んでいる。そして気付いた。有名大学にこだわっていたのは私だと。有名大学に行くことが1番の価値ではないと言ってほしかったのだと。有名大学ではない大学に行くであろう未来の私のために。

 

結果、D大学は私が学びたいことが1番学べる学校だと思う。それでももやもやしているのは有名大学に行く友人がいるから。自分の学校の知名度はさほど高くないから。もっと勉強したらもっと上の大学に行けたかもという醜い後悔があるから。

 

私は受験を通していろんな経験をした。これは受験をしなければ得られないし、ギリギリまで受験をした私にしか味わえない。

苦手な数学を「頑張ろうね」と励ましあっていたにもかかわらず、推薦でさっさと合格を手に入れたA子。「おめでとう」って笑ったけど心は泣いてたんだよ。

センター2日前に「実は私受かってるんだよね」「ええ!!どこ!!」「○○大学」と超有名私立大学を口にしたB子。昨日まで生物基礎のあれ難しいよねって話してたじゃん!あんたと私じゃセンターの重みが違うじゃん!つかもっと早く言ってくれよ!!

最後の最後まで励ましあったC子。私たちほんとにギリギリだったけど受かってよかったね!C子のおかげで私は今ここにいるといっても過言ではないよ。

 

センターが終わってからというもの、食欲はなくなり、中2から体重の増減が0.5キロ以内だった私が3キロ痩せた。ほぼ毎日泣きながら眠った。数年ぶりに声を出して泣いた。きっとA子やB子にはわからない。わかりたくもないか。

 

私は同じ失敗を繰り返したくない。もう2度とくだらない後悔はしない。やれるだけのことをする。この場所で夢を叶える。やりたいことをする。母に、父に、祖母に、友人たちに、伊野尾くんに、胸を張って「頑張ったよ。ここに来て良かった」と言えるような大学生活を送りたい。

…すでに友達作りで苦労してるけど。

 

なぜ私がこんな長ったらしい文章を書いたのかというと。

自分の決意表明がしたかったから。そして受験生に私のようなくだらない失敗をしてほしくないから。

私がブログを始めたころよりはてブロのジャニーズのブログ数が10倍ほどになっている。学生も増えたように感じる。

どうか、勉強をしてほしい。アイドルやブログは息抜き程度に。受験は努力に結果がついてくる。間違っても私のような後悔だけはしないでほしい。心から合格を喜んでほしい。来年の4月、顔をあげて、胸を張って、大学生活を始めてほしい。

 

私は伊野尾くんの「頑張ってほしいなと、思います」を胸に今日を頑張る。